富士宮の富士山。     2012.11.27(火曜日)

2012.11.25(日)撮影 富士山
2012.11.25(日)撮影 富士山

 ブログより少しだけ大きく写真を紹介してみました。

 タクシーの運転手さんのお話では、裾野の雲は富士山の頂上までのぼっていく途中らしいです。だから、まもなく富士山は見えなくなるでしょうということでした。

 午前9時半過ぎ、富士宮に降り立ったわたしですが、間に合ってよかった!

 

富士山と太陽と。

2011.11.27夕刻 富士山と太陽と。
2011.11.27夕刻 富士山と太陽と。

2011.11.27

富士山のシルエットの右側に太陽が沈んでいきます。

あまりにも美しいので、思わず携帯で写しました。

出かけるときと帰ってきたときには、かならず富士山にご挨拶。

雨の日や、夜になって富士山が見えないときにも。いつも。

 

 

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 白玉椿の写真からバリ島で撮った写真に変えてみました。

 この写真は、わたしのお気に入りの写真です。また、バリ島に行きたくなります。

 

「白玉庵のいちにち」(ブログ)には、こちらからどうぞ。

白玉庵の旅(2011年10月28日)

 ブログがわたしの手にはあまってしまうので、別の場所に旅をしたい気分がたかまってしまいました。こんなことをしている場合ではないのですが、ここに移動してみました。ブログ以外の部分はこれまでどおりです。試行錯誤はつづきますが、どうぞよろしくお願いいたします。

 

*ブログのリンクは外しました。

2011年

10月

27日

ブログの機能について。

  すっかり秋になりました。

 ブログ形式を見つけて書いていたのですが、ふつうのブログだとカレンダーがあって、それとなく収まっていくけれど、いま書いているブログは、ただただ積み上がっていくばかりのような気がします。

 ドイツの会社のものだから、日本で作ったみたいなきめ細やかさがないのでしょうか。わたしが知らないだけなのか。よくわからないですが、どうすればいいか、いま思案中です。

 きょうは、取材原稿の、次のレイアウトが送られてきました。また、テープ起こしからはじめます。

2011年

10月

25日

続・続「トローイ」の謎。

 きょうの「朝日新聞」の一面に「衆院にサイバー攻撃」という大きな見出しが載っていました。問題のウイルスは「トロイの木馬」と呼ばれるのだそうです。

図入りで「トロイの木馬」のウイルス感染と拡散の流れが紹介されていました。

 少なくとも約1ヵ月間、攻撃を受けた状態だったようですが、わたしが10月1日に見た夢のなかの「トローイ」とは関係あるのでしょうか。不明。

 

 ついでに「夢の話」をひとつ。

 車の運転ができないのに、わたしは車を運転しています。というより運転席のようなところに乗っています。ハンドルを握っている様子はありません。いとこが、車の外にいて、もっと、右に寄ってもいいんじゃない? と言っています。

 だって、水(川)の上に落ちてしまうけど…。大丈夫、大丈夫、と言われます。

 まあ、いとこが言うんだし、だめでもしかたがない。と思いながら右に寄ると水の上を車が浮かんでいます。ほらね、といとこが言います。

 

 わたしの見る夢は、なんとなく夢見る夢子さんの類が多いですが(銃撃戦の夢もたまには見ますが)、Kちゃんの見る夢、Jちゃんの見る夢はこわいですよ。

 Kちゃんの見る夢。12月24日には、お台場には行かないほうがいいかもしれない。海から火の手があがっていて、泳いで帰ろうと思うけど、帰れない。家に電話をしたら、両親は無事。気をつけて帰っておいでと言われる。

 (対策、そんなことが起きないように願います)

 Jちゃんの見る夢。これは、あまりにもこわいので、書く前にもう一度、よく考えてみます。

2011年

10月

25日

一日がはじまりました。

 きょうのいちにちは、たぶん使いものにならないと思います。

 よく考えれば、先だっての一本目は、5時か6時に送らなければいけない理由がTさんのほうにあったことを明け方思い出したのでした。

 今回は、そんなに早く送らなくてもいいのではと思い始めたのが、よくなかったでしょうか。結局、仕上がりは、1時間ほどずれてしまいました。

 昨日お電話をいただいた段階で、よくたしかめておけばよかったです。鸚鵡返ししなければよかった。(現在、午前8時過ぎ)

2011年

10月

24日

資料を探して…。

 原稿を書き上げるにあたり、たしかにあったはずだと思った資料を探していて、やっとみつかる。ああ、よかった。探しているうちに、いまは、必要ではない資料も気になり始めて、泥沼の様相を呈してきたので、疲れました。

 気持ちを取り直して、また、パソコンの前に坐っています。

 

 * * * * *

 

 午後に入り、Tさんから確認の電話。

 予定どおり、大丈夫ですよね。

 ええ、予定どおり。(口数少ないわたしです)

 それでは、悪いですね。よろしくお願いします。

 はい、よろしくお願いします。(考える頭もなく、鸚鵡返しするわたし)

 締切に向かって、集中力を持続しなければいけないというのに、すでに、疲れはてているわたしです。

 

2011年

10月

23日

神さま、お願いします。

 本日、いとこから電話がありました。友だちの病気がかなり深刻だということを聞きました。

 わたしは、きょうから毎日、真剣にお祈りすることを神さまに誓います。お百度参りではありませんが、きょうから百日の間、神さまにお祈りいたします。

 「どうぞ、元気になられますように。神さまお願いします」

2011年

10月

22日

『会津藩 斗南へ』読書中。

 きょうは、レイアウトが送られてきました。DTP担当のTさんと電話で打ち合わせ。というより、知りたいことは、ただひとつ。

 

 この原稿の最終締切はいつですか?

 26日午前中には、先方に持って行く予定らしいです。25日の夕方には、Mさんに送る手配をしないと間に合わないと思いますよ。

 ということは、この前と同じように、25日の朝、5時とか6時に仕上げればいいということでしょうか。

 僕は朝方なので、すみませんがお願いできますか?

 わたしは、世の中が寝静まってからでないと書けないので、大丈夫ですよ。

 

 ということになりました。

 

 といっても、この分量を5〜6時間で書けるわけがないので、24日の午前中には、ある程度目処をつけておかないと、あとがない感じになってしまいます。

 

 きのうは、明日こそはテープ起こしを!と思ったのですが、なんだか、気持ちが乗りませんでした。『会津藩 斗南へ』(星亮一著)を少しだけ少しだけと思いながら読んでいました。これは、宮本常一『私の日本地図 下北半島』と『ルポ下北核半島—原発と基地と人々』(鎌田慧 斉藤光政著)などと並行して読んでいるものです。

 

 でも、今夜は、テープ起こしを少しでも片づけなくては、時間がないです。

 

2011年

10月

21日

お茶三昧。

 ほんとうは、お茶三昧をしている場合ではないのですが、きょうは、お茶のお稽古に行ってきました。

 今朝、まだ、レイアウトは出来上がっていないけど、先にテープ起こしを先行しておいてね、と編集長から電話あり。それから、次から次へと電話が入り、結局、テープ起こしはなんにもしないまま、お茶のお稽古に行くことに。明日こそは、必ずやり遂げたいと思っているのですが。

 

 きょうは、光沢のある綸子の着物。お気に入りの一枚です。シルバー地に濃いグレー+ゴールドの小さな花柄の小紋。帯は、ぶどうの模様の袋帯。深い緑の地にシルバーの模様です。

 お稽古は、秋点前といわれる、細水差しの中置きのお点前で、長緒をさせていただきました。そして、「花月」を二回。先生の教え方は、本気です。いつまでたっても、おぼろ月(「花月」はひゃっぺんやってもおぼろ月と言われるお稽古なのです)のままなのかな、と思っていたお稽古でしたが、最近は、必ず、できるようになると思えるようになってきました。先生の力です。「花月」だけでなく、すべてのお稽古に通じる先生の気迫に、わたしは応えてみたいし、ついていきたいと思っています。これからの人生、神さまが、ずっとわたしにお茶の時間をくださいますように…。

 

  成増駅に帰り着くと、雨が降り始めていました。いま(午後10時31分)は、本降りに。

 

 

2011年

10月

20日

行李柳(こりやなぎ)を活ける。

 きょうは、お花のお稽古。

 行李柳とトルコ桔梗とモンステラ。

 最後に残しておいた行李柳の枝の一本を活ける位置次第で、全体の雰囲気が大きく左右されるということを学びました。

 この小さな一本が何万本にも匹敵する価値があるという感じです。決まるのです。行李柳の先をくるくると回してためる方法も学ぶ。

 

 帰りに、また、新鮮な野菜をいただく。

 長ネギが束で(15本くらいあるかもしれません)。ピーマン、ほうれん草、大根、カブなど、今日採れたばかりの野菜を近所の人からいただいたからと、お裾分けしていただきました。いつも、ありがとうございます。

 

 電車に乗ろうとしたら、いつもと何だか様子が違うことに気づく。なんでも、三時過ぎに人身事故があって、ダイヤがかなり乱れている様子。電車の本数が少なくて、どの車両にも人がいっぱい乗っています。

 三時過ぎというと、わたしがちょうど電車で通過したあとのこと。もし、通過する前だったら、先生のところに伺えなかったかもしれないと思いました。

 急行を何本かやりすごし(お花と野菜を持って立って帰るのはいやだったので)、準急の一番後ろの車両に乗って、かろうじて坐って帰ってきました。花の包みと野菜の包みをひざに置いて、さらに『私の日本地図 下北半島』(宮本常一)を読みながら……。

 

2011年

10月

19日

「還暦の鯉」という詩。

 昨日の朝日新聞(夕刊)「あるきだす言葉たち」の欄に「還暦の鯉」という詩を載せていただきました。

 このタイトルは、井伏鱒二の随筆の題名から考えたものです。

 不思議なことに、この随筆を読んでいると、本のなかから、さかなのにおいがしてきました。同時に、かつて、新聞に印刷されている薔薇の花をみていて、甘い薔薇のかおりがしたことも思い出し、一気に書き上げることができました。

 書き上げて、幸せな気持ちになりました。詩を書くって、気持ちがいいことなのだと思います。

2011年

10月

18日

秋になって。

 ここしばらくは、早朝から仕事をすることになりそうです。

 今朝は、次のテープおこしをスタート。

 

 昨日は、二年半ぶりにある方から電話がありました。この方とは、ある時期、半年間ほどだったか、1カ月に二日お会いして、そのほか、毎晩のように電話をかけあっていた方でした。濃密な時間。といっても、あるプロジェクトの一環だったのですが、あれから二年半が経ったのかと思いました。

 

 先日、シルクで打ち合わせをしたことは、11月19日のことでした。

『真・将門記』の刊行を機に、「ほんとうの平将門」という題でお話しさせていただきます。

 どんなお話ができるのか、自分でもわからないところがありますが、当日、足を運んでくださった方の貴重なお時間を無駄にしないようにと願うばかりです。

 

 

2011年

10月

17日

トマトと卵のスープ。

 最近作っているトマトと卵のスープは簡単でおいしいです。

 材料 和風だしの素(カツオだしを使用)。トマト2個。卵2個。塩。しょうゆ。

 作り方  お水は4カップくらい(好みで)。沸騰してきたところに、和風だしの素を加えて溶かす。トマトはヘタを除き、ざく切りにして加える。1〜2分ほど、火を通して(やや強火くらいで大丈夫です)、トマトの形が崩れるくらいになったら、卵をほぐして、回しかける。最後に塩としょうゆで味を調えればあっという間に出来上がり。

 料理家の飛田さんは、顆粒鶏ガラスープの素を使うと書いてありましたが、わたしは、和風だしを使っています。

 

 

 

2011年

10月

17日

野田岩のうなぎを食する。

 きのうは、日本橋高島屋に行ったので、「五代目 野田岩」のうなぎを食べました。美味しかった。

 行くときは、地下鉄成増から飯田橋→日本橋で。帰りは、日本橋→渋谷→成増で遠回りして帰りました。車中で読書をするのですが、連日の昼夜逆転のため、頭に入らず。

 今朝は、三時半に起床。原稿のキャプションまわりを仕上げました。これで、一本目は終了。ああ、間に合ってよかったです。

 

2011年

10月

15日

久しぶりに池袋に行く。

 ここしばらく家とドトールを行ったり来たりしていたような気がします。

 久しぶりに池袋のシルクに行きました。さっちゃんはお休み(腹膜炎を併発して入院)でした。「きょうはさっちゃんがお休みなので、できるものとできないものがあります」とエプロン姿のさとうさんに言われました。「ココアとかできませんけど」(わたしが時々ココアを注文することを知っているので、先手を打たれました。)「じゃあ、何ができますか?」「コーヒーとか、カフェオーレとかだったらできます」「それでは、カフェオーレをお願いします」

 次に注文するとき、「抹茶をお願いします」と言ってみたら、「抹茶の居場所がわからないです」と言われたので、再びカフェオーレをお願いしました。

 なんだか、お客さんが次から次に来て、大忙しのさとうさん。さなえちゃんと協力して、このピンチを乗り切っているようでした。

 やっぱり、シルクはさっちゃんがいないと淋しいです。早く、元気になられますように。

 一方、無事に打ち合わせも終わりました。

 仕事は、今朝、できたと思ったけれど、よく読むと甘い文章だったので、再度、明朝挑戦してみます。やっぱり、せっぱ詰まらないと、いいものが書けないのでしょうか。

 明日は、日本橋の高島屋に行く予定。「日本生け花芸術展」の入場券を先生からいただきました。

2011年

10月

14日

雨の音。

 夕方から降り始めた雨が本降りになった様子。雨のなかを車が走っています。きょうは、夕方、レイアウトが届いたので、取材のテープ起こしを読み直したり、取材先でいただいた資料を読み直したりして、原稿書きに備えて時間を過ごしました。

 いよいよ明朝、五時くらいから、書き始めようと思っています。だいたい、いつもは、一気に書き上げるスタイル。うまく着地ができればいいのですが。明日は、夕刻、打ち合わせで出かけるので、できなければ、途中で翌日まわしになりそうです。締切は、月曜の朝、五時まで。日曜日も出かけるので、明朝がひとつの山。

 

2011年

10月

13日

鉄砲百合を飾る。

 バスを待っている間、西友に入る。ここで、目に入った鉄砲百合を購入。先日咲いてくれた桔梗も部屋のなかで元気です。

 この桔梗、夜になると眠るのでしょうか。花が少しぐったりするのです。もう、しおれてしまうのかと思いましたが、翌る朝には、また、元気になっています。

この桔梗から元気をもらって生きています。

 

 来月の半ばくらいまで、出かけてもすぐに戻ってこなければいけないような気がして落ち着きません。パソコンと身も心もつながっているような感じ。テープ起こしも昨夜は十二時近くまでつづけたのに、まだ終わらない。これが終わっても、次は原稿書きがあります。

 この繰り返しが四本とプラスアルファ。本も読みたいし、映画も見たい。

2011年

10月

13日

続「トローイ」の謎 

 ある方のブログに「トロイアの木馬」のことが書かれていて、びっくりしました。数日前の明け方、ひたすら「トローイ」「トローイ」「トローイ」とわたしに告げ続けた資料室の女性(四十代くらいで、少しウェーブがかった肩までのブルネットの髪)。薄暗い室内でしたが、いま思い出そうとすると、中近東の女性のような雰囲気でした。その「トローイ」の言葉の意味は、もしかしたら、気をつけなさい、という意味だったのかも。今回の計画を受けいれたら、日本はさらに大変なことになるようです。


以下、引用です。

「TPPは現代版マンハッタン計画のトロイアの木馬」
 
 TPPは米国が日本経済に侵略し、日本の文化と伝統を破壊するために仕掛けた経済兵器である。トロイアの木馬なのである。

 

(昨日、10月12日付のメルマガに発表されたもので、本日ブログに一部が紹介されていました。)

2011年

10月

12日

テープ起こしの仕事。

 テープ起こしをしていたら、なんだかおかしいことに気づきました。

 キーボードを叩いても画面に反映されなくなってしまっていたのです。これは、壊れたってこと?

 せっかく仕事をしようと思った矢先のことなので、きょうは、仕事をしなくてもいいということ? とも一瞬思いましたが、そんなはずはありません。

 それに、キーボードのスペアもあるのでした。以前、水をこぼして壊れたと思い、買ってきたものの、念のためにもう一度文字を打ち込んでみたら壊れていなかったので、そのままスペアとなっていたのでした。

 そんなこんなでモノが増える一方ですが、今回は助かりました。

 

 その嫌いなテープ起こしの仕事ですが、自分のインタビューを起こすのでさえ嫌いなのに、夕刻、「テープ起こしだけで申しわけないですが、お願いできますか?」という電話が入りました。

 「わたし、テープ起こしはきらいなんです」と即答。誰かいないでしょうか、とお困りのようなので、友だちに当たってみることに。

 しかし、わたしのような仕事をしている友だちの顔を思い浮かべるも、テープ起こしは自分のも嫌だというひとばかりだと思い当たる。

 お返事は明朝ということになっているものの、みつからないように思いますが…。

 

 * * * * *

 三人あたってみましたが、やっぱりだめでした。

 

2011年

10月

11日

私達は、昨夜晩く箱根のホテルへ着いた。

今朝咲いた、桔梗一輪
今朝咲いた、桔梗一輪

 先日から注目していた桔梗の蕾。今朝、花が咲いてくれていました。今年、最後の桔梗一輪。

 きょうは、テープ起こしを手がけました。パソコンの椅子の高さを調節したりして、長丁場に備えます。あまり、長時間は、やりたくないし、地味すぎる仕事です。しかし、ひたすらただこなすだけ。

 こうした仕事をしていると、日本の文学が読みたくなります。

 きょうは、永井龍男の「蜜柑」。

 

(私達は、昨夜晩く箱根のホテルへ着いた。)

 という一行ではじまる短篇です。

 この小説を、これまでに、もう何度読んだことでしょう。永井龍男の本はたくさん揃えているのに(最近『雑文集 縁先の風』を購入)、他の小説や随筆を読まないで、こればっかり読んでいるような気がする。これは『一個その他』のなかに収録されています。講談社の文芸文庫にも収録されていますが、文藝春秋の函入りのほうで読みます。精興社の活字に魅せられているわたし。

 

2011年

10月

10日

お茶の先生のこと。

 タクシーに乗り込んで、「○○の近くまでお願いします」と建物の名前を告げました。
 「○○さんの家に行かれるんですか」と運転手さん。
 「ええ、そうですけど。わかりますか?」
 「わかりますよ。○○さんは、何度かお乗せしましたから。○○さんに、何か教わっているんですか」
 「お茶です」
 「ああ、お茶ですか。あの方は、山の頂上まで行かれた方だと思いますが、お客さんも同じ山を登っていることがわかりますね」
 「わかりますか?」
 「ええ。あと、○○さんは、極道の妻のような雰囲気をお持ちですが、極道の妻とはやはり違う。極道の妻のなかにも、山の頂上に行かれた方もいらっしゃいますけど、○○さんとは、別の山ですよね」
 「そんなことがわかるんですか?」
 「わかりますよ。お客さんはまだ頂上まで行ってないかもしれないけれど、    ○○さんと同じ山を目指されているということはわかります」
 「それは、光栄です」
  わずか、五分くらいの間に、運転手さんと交わした会話です。
  まだ、お若い運転手さんでしたが、わたしたちの先生のことをよくわかって   いらっしゃると思ったことでした。
 

2011年

10月

09日

柘榴体験。

 きょうは、テープ起こしをスタートしようと思いながら、本の整理などで手つかず。明日こそは!

 先日、社中の方からいただいた柘榴を食しました。このフルーツは、小さいのに、奥が深い。幾つものお部屋に、びっしりと紅い実がなっているのを見て、驚きながら、感動しながらいただきました。

 味もあっさりとしていて、おいしい。これが「いまサン」だったら、当たりの年はどんな味なのでしょう。

 それにしても、日曜日の夜とか、くつろいでいるときにいただく優雅なフルーツだと思いました。そのひとつぶひとつぶを目で味わうためには、出かける前の忙しいときなど、とんでもない。柘榴をいただくには、時間がたっぷりあるときにかぎるように思います。

 

2011年

10月

08日

柘榴(ざくろ)をいただく。

 きのうは、お茶のお稽古で夜遅く帰宅。

 組み合わせ点と、七事式のお稽古のひとつ、「花月」を二度させていただく。「花月」は百ぺんやってもおぼろ月と言われるくらいのお稽古ですが、それでも、毎回、二度ずつさせていただくと、さすがに少しずつ前に進んでいることがわかります。

 着物は、先週、社中の人とお約束した銘仙に更紗の帯を締めて出かけました。ちょっと、帯が派手なので、この秋はじめて道行きコートを着用。これは、母の形見です。帯締めもいただきもの。いただきもので、すっかり身を固めたわたしですが、先生に「お似合いよ」と言われて、うれしゅうございました。

 それから、社中の方からみんなに「柘榴」をいただく。お庭になっているのだそうです。「味はいまサンだけれど、きれいだからお持ちしました」ということでした。まだ、いただいていないですが、たのしみ。実は、はじめていただくのです。

 お菓子も、仙台の「白松が最中」と、島根の「鯉の里」という美味しい美味しいお菓子。

 先生は美味しいお菓子を、お茶の会でお出かけになるたびにお土産に買ってきてくださいますが、そのあと、その味が忘れられずに「お取り寄せ」されることも多いそうです。先日は、枯露柿(ころがき)をお取り寄せしてくださっていました。

 その席で思わず、「先生は、熊本の加勢以多(かせいた)をご存じですか?」と尋ねてしまったわたし。このお菓子がまた、極上なのです。先生は、そのお菓子は知らないとおっしゃったので、久しぶりにわたしもお取り寄せして先生に召し上がっていただきたいとおもったものでした。

 それから、わたしの大好きなお菓子に土佐の「梅不し」(うめぼし)というのがあります。帰るたびに必ず買い求めるお菓子。「梅不し」といっても、梅干しのイメージとは全く別もの。上品なお味で、極上品といってもいいと思います。

 

 お菓子のことを書き始めるときりがないので、きょうは、これくらいで。

「梅不し」ホームページから
「梅不し」ホームページから

2011年

10月

06日

きょうは気持ちのいい秋晴れになりました。

 きょうは、秋晴れのなか、お花のお稽古に行きました。

 きょうの花材は、サンゴミズキ、黄色の百合、クジャク草でした。

 ほかのお弟子さんもたくさんいるのですが、曜日の関係などで、わたしは、たった一人で、先生に教わっています。贅沢です。

 お弟子さんには、あまり会いませんが、先生のお友だちにはよくお会いします。先生には、たくさんお友だちがいて、これまで何人の方にお会いしたでしょうか。みんな先生に会いたくていらっしゃることがわかります。

 そのお友だちが先生とお話しているところに同席してお花を活けたりしていると、母のところに友だちがやって来ている錯覚を覚えることも。

 この間は、いまは、千葉に引っ越ししている学生時代のお友だちがやってきて、お稽古のあと、梅干しの作り方を教わったりしました。来年はわたしも挑戦してみたいと思います。

 その方の実家のお庭になっていた柿をお裾分けしていただいたりして、わたしは、お花の活け方を教わるにとどまらず、なにか、とても懐かしい時間をいただいているような気がします。

 きょうも、夕方、どなたかいらっしゃるとか。

 

 

2011年

10月

05日

雨の一日

 きょうは、ほんらいならばお花のお稽古の日でしたが、お昼頃、先生からやさしいお電話をいただきました。

「きょうは寒いし、雨が降るのでお稽古は明日にされたらと思って」

 ほんとうにやさしい先生。「明日にします」、と答えました。

 「でも、あしたも降ってたら、ごめんね」と言われましたが、明日は大丈夫ですよ、きっと、と思います。

 やさしい先生は、惜しみなく与える方です。

 夏の暑い日にお稽古に行くと、「暑かったでしょう」と言いながら、冷蔵庫からヤクルトを出してくださいます。なんだか、母や叔母に会いに行く気持ちになります。

 お稽古のあとも、お茶を入れてくださり、お菓子も必ず準備してくださる。

 それから、この間なんかはいただきもののお裾分け、とおっしゃって、お土産に新米までいただきました。その新米のおいしかったこと。大事にいただきました。

 

 ちなみに、わたしのお花の名前は、一焄(いっくん)といいます。

 なんだか、自分じゃないみたいですが、先生のところでつけていただきました。

 お茶の世界も好きですが、お花の世界も好き。

 

2011年

10月

04日

そろそろ仕事もしなくては…。

 取材が終わったら、そろそろテープ起こしをはじめなくては。

 編集長から電話があって、「よろしくね」と言われる。

 取材は、序章で、これからが本番です。

 

 いま、部屋では木瓜の花が咲いているのですが、これが、可愛いい。

2011年

10月

03日

「トローイ」の謎。

 一昨日の朝、「トローイ」とわたしに告げた女性は、わたしに何が言いたかったのでしょう。謎は深まり、わたしは、たいへんな本を読むことになりそうです。

 その日、トロイア戦争について書いている本がわが家にあるかどうか家人にたずねました。すると、目の前に出してくれたのが、ホメーロスの『イーリアス 上中下』『オデユッセイアー 上下』。まさか、ギリシア神話の世界に導かれることになるとは、思ってもみませんでした。わたしは、果たして読み進むことができるのでしょうか。よく、わかりません。

 せっかく、日本の文学に親しもうと思っていた矢先に、ギリシア最古の大英雄叙事詩を手にすることになるとは、…。いつかは読まなければいけないかもしれないけれど、そのときは、いま? 

2011年

10月

02日

『狐のあしあと』(三浦哲郎著)を読了。

『狐のあしあと』(三浦哲郎)を読了。  

 このところ、気持ちを静かに保つために三浦哲郎の本を読んでいます。わたしは、この作家の本をかなり買いそろえているのにもかかわらず、きちんと向き合ったことがありませんでした。  

 ここにきて、はじめて出会った、と思います。   

 それにしてもなぜ、買いそろえていたのか。そのきっかけは高校時代の恩師、故・中内正臣先生の奥さまからのお手紙ではなかったかと思います。 「いま、三浦哲郎の本を読んでいます」というふうなことが書かれていたことがありました。そのとき、奥さまがさらりと名前を挙げられるこの作家に興味を持ちました。どんな作家なのだろう、と。

 しかし、本は購入しても、いっこうに読むまでには到りません。

 いまならわかります。出会いの時期を待っていたのです。

 気持ちを静かに保つために読む作家のなかに、井伏鱒二がいますが、この作家は三浦哲郎の師にあたる方でもあります。そのことを知ったのも最近でした。井伏鱒二を集中的に読みつづけていた流れのなかで 『師・井伏鱒二の思い出』に出会いました。この本はとてもいい本です(ただ、巻末にある解説は読んでいません。せっかくの井伏、三浦のお二人の間に誰も何も言うことはいらないと思ったからです。すべて蛇足になるはずです)。

 そこで、三浦哲郎という作家の文章にはじめて触れた。遅かったとは思いません。いま、出会えてよかったと思います。  

『狐のあしあと』のなかに、井伏鱒二が太宰治について言ったことばが紹介されています。これは、『師・井伏鱒二の思い出』のなかにもあります。わたしのとても好きな箇所です。

「太宰はよかったな。こんな晩、縁側の方から、今晩は…ってやってくるんだ。いいやつだった。生きてりゃよかったのにね。」    

 こんなに慈愛にみちた井伏鱒二の言葉を、受け取ることができ、わたしたちに伝えることをしてくれる三浦哲郎という作家に出会えてよかったと思います。

2011年

10月

01日

「トローイ」と言い続ける女性。

 今朝、目覚める前にある資料室のようなところにいました。

 そこにいる女性が、キーワードをわたしに告げるのです。

「トローイ」「トローイ」「トローイ」というのです。

 変な言葉、あるいは何かの名前ですが、それしかいいません。

 わたしは、とにかく覚えておかなくてはと思って目が覚めました。

 

 お昼になって、なんとなくその言葉が気になったので調べてみたら、「競走馬」の名前だったり、トロイの遺跡やギリシア神話の世界だったりするようです。

 女性はわたしに何を告げようとしたのでしょうか。不明。

 

2011年

10月

01日

盆点のお点前をさせていただきました。

 きのうは、盆点のお点前をさせていただきました。

 九月もおしまいだというのに、暑かったです。撫子の模様の入ったグレー地の小紋と深い紫に鳳凰柄のお気に入りの名古屋帯で出かけました。

 この日のお花は、貴船菊、ススキ、ホトトギス、秋海棠。名残の花というのでしょうか。宗全籠に少し似ている安定感のある篭に活けられていました。

 全体が見えなかった盆点のお点前ですが、ここにきて、やっと点と点がつながりはじめた感じでしょうか。

 きのうも「花月」のお稽古を二回もさせていただく。お茶三昧の一日となりました。

 お菓子も先生の手作りの栗のお菓子。ブランデーの香りがする、とってもおいしいお菓子でした。

 家に帰り着いたのは、夜の10時前。来週は、十月に入るので、単衣の着物から袷の着物に変わります。わたしは、社中の人たちの間で話題になった銘仙の着物(友だちのお母様からお譲りいただいたもの)を着ていく予定です。

 

   * * * * * *

 夏の着物も九月でおしまい。いつも夏になる前に思い浮かぶのが太宰治の「晩年」です。

 

 死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反(いったん)もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目(しまめ)が織りこめられていた。これは夏に着る着物である。夏まで生きていようと思った。 (「葉」より)

2011年

10月

01日

白玉庵日暦をこちらに書いてみます。

 これまでの「白玉庵日暦」を更新しようとして、また、いきなり消えてしまうことを避けたいと思いました(わたしがシステムを把握していないためですが)。

 ブログのページをみつけたので、こちらに書いてみることにします。どこまで、使いこなせるかまだ不明ですが、本日より試験運転を開始してみます。

2011年

10月

27日

ブログの機能について。

  すっかり秋になりました。

 ブログ形式を見つけて書いていたのですが、ふつうのブログだとカレンダーがあって、それとなく収まっていくけれど、いま書いているブログは、ただただ積み上がっていくばかりのような気がします。

 ドイツの会社のものだから、日本で作ったみたいなきめ細やかさがないのでしょうか。わたしが知らないだけなのか。よくわからないですが、どうすればいいか、いま思案中です。

 きょうは、取材原稿の、次のレイアウトが送られてきました。また、テープ起こしからはじめます。

2011年

10月

25日

続・続「トローイ」の謎。

 きょうの「朝日新聞」の一面に「衆院にサイバー攻撃」という大きな見出しが載っていました。問題のウイルスは「トロイの木馬」と呼ばれるのだそうです。

図入りで「トロイの木馬」のウイルス感染と拡散の流れが紹介されていました。

 少なくとも約1ヵ月間、攻撃を受けた状態だったようですが、わたしが10月1日に見た夢のなかの「トローイ」とは関係あるのでしょうか。不明。

 

 ついでに「夢の話」をひとつ。

 車の運転ができないのに、わたしは車を運転しています。というより運転席のようなところに乗っています。ハンドルを握っている様子はありません。いとこが、車の外にいて、もっと、右に寄ってもいいんじゃない? と言っています。

 だって、水(川)の上に落ちてしまうけど…。大丈夫、大丈夫、と言われます。

 まあ、いとこが言うんだし、だめでもしかたがない。と思いながら右に寄ると水の上を車が浮かんでいます。ほらね、といとこが言います。

 

 わたしの見る夢は、なんとなく夢見る夢子さんの類が多いですが(銃撃戦の夢もたまには見ますが)、Kちゃんの見る夢、Jちゃんの見る夢はこわいですよ。

 Kちゃんの見る夢。12月24日には、お台場には行かないほうがいいかもしれない。海から火の手があがっていて、泳いで帰ろうと思うけど、帰れない。家に電話をしたら、両親は無事。気をつけて帰っておいでと言われる。

 (対策、そんなことが起きないように願います)

 Jちゃんの見る夢。これは、あまりにもこわいので、書く前にもう一度、よく考えてみます。

2011年

10月

25日

一日がはじまりました。

 きょうのいちにちは、たぶん使いものにならないと思います。

 よく考えれば、先だっての一本目は、5時か6時に送らなければいけない理由がTさんのほうにあったことを明け方思い出したのでした。

 今回は、そんなに早く送らなくてもいいのではと思い始めたのが、よくなかったでしょうか。結局、仕上がりは、1時間ほどずれてしまいました。

 昨日お電話をいただいた段階で、よくたしかめておけばよかったです。鸚鵡返ししなければよかった。(現在、午前8時過ぎ)

2011年

10月

24日

資料を探して…。

 原稿を書き上げるにあたり、たしかにあったはずだと思った資料を探していて、やっとみつかる。ああ、よかった。探しているうちに、いまは、必要ではない資料も気になり始めて、泥沼の様相を呈してきたので、疲れました。

 気持ちを取り直して、また、パソコンの前に坐っています。

 

 * * * * *

 

 午後に入り、Tさんから確認の電話。

 予定どおり、大丈夫ですよね。

 ええ、予定どおり。(口数少ないわたしです)

 それでは、悪いですね。よろしくお願いします。

 はい、よろしくお願いします。(考える頭もなく、鸚鵡返しするわたし)

 締切に向かって、集中力を持続しなければいけないというのに、すでに、疲れはてているわたしです。

 

2011年9月29日(木)その2

 池袋のビックカメラに行って正解でした。

 というのも、別にiphoneの充電器でなくても、いろんな機種に対応するものがあるのです。ソフトバンクの人はそんなことは教えてくれなかったし、ましてアップルの人もそんなことは教えてくれませんでした。

 でも、常識みたいな感じで、販売されているのでした。

 お値段もアップルで買えば二倍ほどかかるところでした。

 

 話は変わりますが、わたしは、喫茶店が好きです。ほぼ毎日、入っているといってもいいと思います。15分ぐらいから1時間半くらいまで。あと、人を待つのも喫茶店なら全く平気です。

 最近は、ドトールが多いですが、池袋に行くとIspのなかの喫茶店に入ることが多いです。きょうは入りませんでしたが、先日なんかは、こんなことがありました。席に案内されたわたしが本を3冊ほどテーブルに出したところで声が聞こえてきました。「ちょっと、お話していいですか」。隣りの女性でした。

「ええ、どうぞ」「本がお好きなんですね」「ええ」「それ全部読まれるんですか」「そのときの気分次第ですけど」「わたしは眼鏡がなければ読めなくなってしまって。だから、こうしてただ坐っているんですよ」。きれいな方でした。おしゃれな方でした。「毎日、こうして一度は喫茶店に入ったり、街に出ないとリセットできないんです」とおっしゃるので、「わたしもそうなんですよ」と意気投合。「ずいぶん、お邪魔してしまってごめんなさい。どうぞ、ごゆっくりなさってね」。「どうぞ、お気をつけて」とわたし。レジに向かうその方の後ろ姿を目で追いかけていると、不意に、ガラス越しに、笑いながら、わたしに手をふってくれるのです。わたしも手をふって応えました。可愛い人でした。また、会いたいな。

 

この人と会ったとき、「秋と一日」という詩を生きている人のような気がしました。書いたのはわたしですが、この方にも読んでいただきたいと思いました。

 

********

秋と一日      山本かずこ

 

あんまり、みっともないまねはできないとおもいました。それでダイヤルをプッシュするのをとちゅうでやめてしまいました。

かぜはそよともしない。四十代のおんなのまひるのゆめのなかへ、わたしはまた、ひとりでもどってゆくしかないのでしょうか。

 

(もうじかんですよ)

 

そのことばは、わたしにいわれたものではなかった。とてもわかいおかあさんが

そとであそんでいるこどもにいっていることばだったけれど、まるでどこかから、とんできたやいばのようにわたしにつきささるのです ひとをはげしくあいするじかんにもかぎりはあるのでしょうか。

 

(もうじかんですよ)

 

いつまで、

いったいどこまで、

人はあきらめずにいていいの? *

 

ひりひりするかわきに なまつばをのみこむわたし。そのおとをききたくなくて、みみをふさぎたい。でもね、いつか、つきささることばにみずからすすんでみをなげてみたいともおもうのです。じぎゃくてきに、ではなくて。じしゅてきに。それほどのやすらぎが、わたしにもやってくるひはあるのかどうか。けれども、いまはまだ、あんまりみっともないまねはできないとおもいました。

 

(もうじかんですよ)

 

とりあえずの、秋のいちにち、きょうののこりじかんは、あとななじかんあります。

 

*谷川俊太郎『やさしさは愛じゃない』より

 

☆この詩は『不忍池(しのばずのいけ)には牡丹(ぼたん)だけれど』(ミッドナイト・プレス刊)に収録。

 

追記 喫茶店で会った彼女もこの詩の世界を知っている人のような気がしてなりません。

2011年9月29日(木)その1

 きょうは、家でゆっくりできると思っていたのに、携帯の充電をしようとして、コードが危ない状況になっていることに気づきました。電気のことはよくわからないけど、充電中にさわったりしたら、感電するのかも。いつからこんなことになっていたのだろう。3.11以来、いつどこでも充電できるようにと思って、バッグのなかにコードを折って入れていたのが寿命を短くしてしまった原因なのかもしれません。

 慌てて、近くのソフトバンクの営業所に電話をしたけれど、お取り寄せになり、一週間はかかるかもしれないと言われてしまう。他の営業所も置いてないと思いますよ、と。そんなには、待てない。急遽、銀座のアップルまで行くことになりました。

 久しぶりのアップルですが、銀座もこんな用事で行くのはちっともうれしくないですね。でも、行かないと…。

 と思っていたのですが、念のために、池袋のビックカメラに電話を入れてみたところ、あるということでした。ああ、よかった。コードのためだけに行くのなら、銀座より、池袋のほうがまだちょっとましかもしれません。

2011年9月28日(水)その2

 9月28日(水)その2

 9月26日(月)、午前8時半に田端駅集合。Y編集長が、風邪をおして現れるも、ラッシュにあって、吐き気がするので取材は無理ということで、駅で別れる。「みんな、ごめんね。よろしくたのみます」。このとき、取材先にお持ちする手土産のお菓子が(Y編集長がいつも準備してくれるのです)わたしに渡されました。

 わたしは、内心、困りました。

 この日に限って、取材先の理事も取材に同席するということがあらかじめ知らされていたからです。編集長がいなければ、わたしが仕事の性格上、責任者みたいになります。

 それでも、なんとか、無事に取材を終えました。

 ところが、そのあとがまた、大変。理事がお食事の席を準備してくださっていたのです。わたしは、取材のあとは普段ほとんど口をきかないタイプなのですが、そういうわけにもいかないことに。

 こういう席に編集長がいてくれたら!と思いました。

 編集長の得意分野なのです(わたしは不得意分野)。それでも、カメラマンや営業担当のMさん、わたしたちのスポンサーのYさん(この日が初取材だということでした)とで、力を合わせてなんとか乗り切ることができました(と思います)。ほっとしたのと、朝も早かったので、東武東上線の帰りの電車のなかで、読みかけの本を開いたまま、眠ってしまいました。

 それでも、その日のうちに『雪の音 雪の香り—自作への旅』(三浦哲郎)を読了。この本はなぜか二冊も買っていたもの。読み終えて、というよりも読んでいるうちから、ここで紹介されている本をとにかく早く読んでみたい気持ちになりました。

 とりあえず『笹舟日記』から読んでみようと思います。これは、毎日新聞の日曜版に合計五十二回連載したものだそうです。

 

2011年9月28日(水)その1

 きょうも秋晴れです。

 先日の続きですが、台風一過の9月22日(木)の午後、わたしは、大手町に行きました。年に一度の史蹟将門塚保存会総会に出席するためです。

 平将門公1071年祭斎行のあと、引き続き総会及び直会が三井物産本店地下で行われました。ここで、神田明神の宮司さまたちが祝詞を唱えられました。わたしははじめての参加でしたが、わたしの隣りにお座りのご夫妻は、もう、二十数年、毎朝欠かさず首塚にお参りをされているのだそうです。『真・将門記』刊行の話しをさせていただくと「将門さんも、さぞ、およろこびのことでしょう」と目を細められました。わたしも「毎日、将門さまにお参りしてくださって、ありがとうございます」と御礼を。わたしにとって、特別な一日となりました。

 みんなのお土産の紙袋のなかに、神田明神の祢冝さんのおはからいで、『真・将門記』の紹介チラシも入れていただいていました。感謝の気持ちでいっぱいです。

 

2011年9月24日(土)

 きょうは、秋晴れ。気持ちのいいお天気です。

 21日からまだ少ししか経っていないのに、いろんなことがあったような気がします。昨日、書いていて、途中で全部消えてしまったので、きょうは、再挑戦。

 台風15号が関東直撃した日の21日は、取材で三軒茶屋に行きました。いつも、取材後には、一服を欠かさないわたしたちですが、さすがにこの日は別。一刻も早く家路に向かうことを最優先。取材先のビルのドアを開ける前からすきまからひゅーひゅーと風が吹き込み、前の道は、川の状態。その水を風が吹き飛ばしているのが見えます。そこに、思い切って飛び出し、駅までMさんの車で移動。

 三軒茶屋の駅で、Mさんと別れて階段を下りて行きました。

 そこは、なんだか別世界。すでに、不通になって一時間は経っているそうですが、みんな思案にくれていて、たむろしている雰囲気です。編集長のYさんが、すぐに判断してMさんに電話。戻ってきてもらいました。それが、正解でした。

 それでも、京橋、勝ち鬨などにまわり、スポンサーのSさん、編集長のYさんを送ったあと、池袋にたどりついたのは8時半頃。東武東上線も動き出していたので、帰ってきました。車に約4時間乗って都内を走り回っていたことになります。3.11のときに11時間も車に乗っていたことを思えば、まだ。あのときは、車に乗っていても余震が襲ってきて怖かったです。しかし、この日はこの日で、車が突風で飛ばされそうに感じました。「ハンドルがとられちゃうよ」とMさんが何度か、口にしていました。

 ワイパーがきかず、前がときどき見えない状態で走っていました。それでも、若いMさんは、スピードを落とさないで走るので、助手席のカメラマンがスピード落とせよと怖がっていました。わたしは、後部の右座席で、ペットボトルの水を飲みながら、車酔いだけはいやだと思いながら、しのいでいました。

 とにかく、大変な台風でした。3.11といい、この日といい、あまり遠方には出かけたくない日に、なぜか、遠くに出かけているわたし。どちらも、車で送り届けてくださる方がいて、幸いでした。Mさん、ありがとうございました。

 

 明けて、22日(木)。この日のことはまた、書きます。

 

*わが家の木槿の花は終わりました。

 芭蕉の句をひとつ、今年の木槿(むくげ)たちに捧げます。

 

 道の辺の木槿は馬に食はれけり

 

2011年9月21日(水)

雨の朝の木槿 今年最後の一輪 
雨の朝の木槿 今年最後の一輪 

 きょうは、午後から取材で出かけます。取材先は、三軒茶屋にあります。成増→渋谷→三軒茶屋まで。取材のあと、もう一件、きょうはセミナーがあります。こちらは、東京駅の近く。台風15号の影響で、予定どおり行われるのかどうか。予定どおり行われたとしたら、帰りは12時前後になりそう。

 

 今朝、今年最後の木槿が咲いていました。たのしませてくれて、ありがとう。来年もよろしくね。それにしても、一気に秋? 昨日、外に出ると、肌寒くて極端さに憮然とする。きょうは、もちろん長袖。

2011年9月20日(火)

 きょうは、一転して雨の朝。

 木槿にも花開くスピードというものがあるのだろうか。今朝は、きのう開いた花がまだ残っている。あとひとつ残った蕾も明日(明後日)に備えているかのようです。

 

 

 きのうは、朝早く(6時40分)に家を出て、Yさんのお宅にお迎えに行きました。福祉会のバスツアーには今年で5回目の参加になるのだろうか。今年は、秩父で葡萄狩り。Yさんは目が不自由なので(障害一級なので、何も見えない状況だそうです)、誰かサポートする人がいないと、旅に出るのは無理です。いつも、わたしをご指名してくださる。といっても、わたしは、介護の資格を持っているわけではなく、素人。Yさんの指圧の客でもあるわたしなので、筋力もないこともよく知られているのですが、「○月○日、あいてますか?」と尋ねられると、「だいじょうぶですよ」と答えているわたし。いつもは、ぼんやりしていることが多いわたしですが、バス旅行の間だけは、別人みたいです。なぜかわからないけど、そうなっています。でも、乗り物に酔う傾向のあるわたしは、昨日はちょっとカーブが多くて酔っぱらってしまう。Yさんから話しかけられても、きちんと返事ができない状況。こんなので、旅のお供がつとまるのだろうか。来年は、「だいじょうぶですよ」と言えるだろうか。心配。六時頃、Yさんを送り届けたあと、帰宅。家人と話す元気もなく「戻しそうだから」と言ったまま、ベッドに直行。

 前日は、大事をとって早めに就寝したのに、体力がこんなになくて、バス旅行のみか、これからが心配。これから、しばらく仕事も忙しくなることだし…。

 でも、クルマ酔いさえなければ、Yさんといっしょの旅は、お誘いいただくかぎり、つづけたいとも思うのです。

 きのうも素晴らしい曼珠沙華の群生を見ることができました。埼玉県日高市の巾着田というところです。近くに名栗川が流れていましたが、そのせせらぎをいち早く耳でとらえたYさんが、「この近くに川が流れているの?」と尋ねました。「名栗川かな」とも。Yさんは、いろんなことをよく知っている。地図を見ると、やっぱり「名栗川」でした。

 歩いている途中で「あれ、水の音が聞こえなくなったね」とYさん。「道がちょっと、川沿いから離れたから」とわたしが言う。ちっとも、説明にはならないけど、Yさんは、「ああ、そうなんだ」と頷いてくれる。

 目の不自由な人をサポートするには、ひじの持ちかたなど決まりがあるのかもしれないけど、わたしは咄嗟に、Yさんの半袖をひっぱったりしている。ずいぶん乱暴な誘導の仕方です。

 葡萄狩りでは、巨峰をふたりで食べる。「おいしいね」って言いながら。さっきまで日射しを浴びていた葡萄は、食べるとき、あたたかい。そのあたたかさが、お日様のあたたかさだとわかる。それでも、そんなに食べられるものではない。

 わたしたちは、時間に追われる。お手洗いの時間もふたりぶん必要。Yさんを男性トイレに誘導して(わたしは透明人間になったつもり)、終わるころ、お迎えに(透明人間)行き、手を洗うところまで誘導。そのあと、安全な場所を探して、「ここでちょっと待っていてくださいますか」と言って、女性トイレに。

でも、なんだか混んでいそう。また、外に出て「ちょっと混んでるので、時間がかかるかもしれない」とYさんに伝える。そうしないと心配するかもしれないと思うから。「いいよ」とYさん。

 そんなこんなの一日でした。

 Yさんのピンクのバッグには、わたしのために準備してくれたお菓子がぎっしり入っています。「奥さん(わたしを家人と区別するために、こう呼んでいる)は甘いものが好きだから、奥さんの好きそうなものばかり選んだんだよ」って。わたし、こんなに食べられないのに。Yさん、Yさんの奥さん(手足が不自由なので旅行にはご一緒できない)、Yさんのお嬢さんとで選んでくれるのでしょう。いつも、いっぱい用意してくださる。

 わたしは、もっと、体力をつけなくては!

2011年9月18日(日)

 今朝も木槿が咲いてくれました。

 きのうも一昨日も咲いてくれたので、毎日たのしみですが、蕾を数えると、あと二つ。明日、明後日に備えて準備段階に入っているように見えます。それが終わると、夏も終わる? もうひとつの鉢植えの木槿は濃い紫でしたが、すでに葉っぱのみになっています。

 一方、部屋のなかに飾っている「花ナス」ですが、先生のお宅では、ドライフラワーにして去年のを飾られています。いまは、まだ、鮮やかな赤や黄色です。それから、パンパスグラス。一見、ススキの一種に見えます。天井に届かんばかりに聳えています。日本のススキのようなはかなさはありません。なんでもアルゼンチンのパンパスに群生しているのだとか。

 

 

きょうも暑くなりそうです。

 

2011年9月17日(土)

 井伏鱒二を読んでいて、詩を書きました。

 こんな展開になることもあるのだと、驚く。ここに来て、詩を三篇つづけざまに書いたことになります。昔、いちにちじゅう詩のことを考えていたときのことを思い出しました。幸せな気分。

 きのうは、結局、シルバーの綸子の単衣に、正倉院華紋の唐草模様の名古屋帯で出かけました。みんなから、いつもながら、地味ごのみですね、と言われる。でも、綸子のあの光沢がお気に入り。布を見たり、触ったりするだけで、気持ちがいいのです。何も考えないでいると、好みの白の帯揚げと白の帯締めをして出かけてしまいそうになりますが、その組み合わせだと、さらに地味になるので、白と白は、お正月や特別のときにとっておきます。

 お稽古は、茶筅飾り。濃茶点前の基本のお稽古をさせていただきました。それから、「花月」を二度も。二度とも、花の札をひいてしまったので、二度目は他の方に花の役をゆずりました。次のお稽古は、再来週。今月四度目のお稽古にあたります。毎回「花月」をさせていただけるなんて、すごい。先生は、惜しみなく教えてくださいます。

2011年9月16日(金)

 きのうは、久しぶりに立川へ。駅周辺の雰囲気が、八王子と立川はよく似ているような気がしました。取材を終えて、またいつものように喫茶店に。洋菓子のお店です。みんなでケーキセットを注文。わたしをのぞく4人とも男性ですが、みんなもおいしそうにいただいていました。ここは、立川では有名なお店らしいです。伊勢丹のすぐそばで、女性客が多い。帰りに、アプリコットのケーキをお土産に買っていただいのに、帰り着くと、これが形をとどめていませんでした。せっかくいただいたのに…。持つときに、平にとか、注意してくださればよかったのに、わたしは、何が入っているのか知らなかったので、横にして、バッグにいれちゃったものですから…。

 きょうは、これから着物を着ます。洗える着物にしようか、迷っているところ。

2011年9月15日(木)

 きょうもものすごく暑くなりそうです。

 先日の取材には、長袖で行きましたが、きょうは半袖で行きたいと思います。

 明日は、お茶のお稽古ですが、単衣といっても、こんなに暑いと汗だくだくになりそう。

 「習事八箇条」のお許しもののなかで、先週は長緒をさせていただきました。今週は、基本に戻って、茶筅飾りをさせていただこうか、と考えているところ。二時過ぎには家を出て、帰り着くのが夜の九時過ぎという長丁場です。「花月」という七事式のお稽古もあり、お茶三昧の一日となります。

 

 

 今朝も木槿が花を咲かせていました。うすいピンクの、八重。

 

2011年9月14日(水)

 きょうも暑いですね。

 きのうは、取材で浅草橋に行きました。成増→池袋→御茶ノ水→浅草橋。帰りはこの逆のコースで。社員のみなさんは、プログラマーたちなので、25人の平均年齢は30歳弱だということでした。とにかく最先端を生きる人たちです。帰りに、スタッフたちで一服。老舗の甘味喫茶でわたしは白玉ぜんざいをいただく。おいしかった。ここは、生地の問屋街でもあるので、昔から女性客が多いのだとか。

 きのうも暑かったですね。今回の取材はなぜか、暑いさかりに始まるのが多いようです。明日も午後2時から。集合場所は立川です。

 家のベランダでは、木槿(むくげ)がいくつも花を咲かせています。朝起きて会えるのがたのしみ。

2011年9月12日(月)

 きょうは、中秋の名月。六年ぶりに満月の中秋の名月になるのだそうです。

 気がつくと、九月もなかばに。

 きのうは、東京新聞の新刊のコーナーで『真・将門記』を紹介していただきました。ありがとうございました。

 以下、紹介文を書いておきます。

 

 朝廷に抜擢されながらその功を疎まれ暗殺された父。長じた将門も命を狙われ、肉親を失った。無益な争いを避けてきた彼だが、ついに意を決し、坂東八国を理想郷にすべく常陸国府軍との戦いを始める…。将門は朝廷に弓を引いた逆賊だったのか。坂東八国独立構想の真意とは何か。『将門記』の欠落部分を補いながら平将門の悲劇的生涯を描いた歴史小説。(ミッドナイト・プレス発行、星雲社発売・一七八五円)

 

 記事掲載を教えてくださった鎌倉のIさん、どうもありがとうございました。

 

 九月に入り、恒例の取材仕事がはじまります。明日がその第一日め。浅草橋から開始です。

2011年8月19日(木)

 今朝は、突然空が暗くなってきたかとおもうと、雷が鳴り始めました。

 午前中に宅配便が2件ありましたが、配達の人はびしょ濡れ。

 これから、ますます雨脚は強くなるとラジオの天気予報では言っています。

 猛暑のあとは、豪雨。

 過ごしにくいです。

 今日は、夕方から原宿に行きます。副都心線ができたので、この時刻だときっと滅茶苦茶混んでいるはずの山手線を使わなくてすむことがうれしいです。

 

 昨日は、西友で花束を買ってきました。

 今週はお花のお稽古がお休みなので、来週まで花がないと思うとやっぱりさびしいのでした。部屋に花があるのとないのとでは大違い。どれほど無償の愛をいただいているか、あらためて感じます。

 

 小菊(黄色)の束と、小菊(濃紫)の束。立派な菊(白)一本と、カーネーション(ピンクと白のグラデーション)は一本に5つの花が咲いているもの。それから百合(オレンジ色)が一本で開く寸前の花が2個、蕾が4個ついているもの。お稽古では考えられない組み合わせですが、これで800円也。

 先週のドウダンツツジの葉っぱがまだきれいだったので、それを百合と一緒に活けてみました。それから、それぞれの花を3つの花瓶に活けて、やっと人心地つきました。花は素晴らしいですね。

 

 そういえばここのところ、チョコレートを買わなくなりました。ついこの間まで、一日一枚の板チョコを買ってきていたのです。森茉莉ではないけれど、この一日一枚というのは、たくさん買うとたくさん食べてしまうから?

 この習慣の変化は、ただ単に猛暑のせいだという理由だからなのか。いまは、まだわかりませんが、涼しくなっても食べなくなっていれば、心境の変化ということになるのでしょうか。

2011年8月18日(水)

 きょうも暑い。東京電力使用状況がすでに89.2%(午前11時過ぎ)に達しています。わたしは、現在、乱読が続いていて、バッグに持ち歩いている本が重くて仕方がありません。いま、確認してみると、「他人まかせの自伝」(アントニオ・タブッキ)、「須賀敦子全集第5巻」(イタリアの詩人たち、ウンベルト・サバ詩集、などが収録された巻)、「役にたたない日々」(佐野洋子)、「井伏鱒二文集の1」、「本の立ち話」(小沢信男)、「厄除け詩集」(井伏鱒二)などが入っています。

 この傾向から言えることは、いま、詩に興味が戻りつつあるという状況なのかもしれません。

 

 それにしても、きょうの朝日新聞の一面の見出しを見ておそるべきときがやっぱり来たと思います。

「甲状腺被爆 子どもの45% 福島県の1150人 3月下旬調査」とあります。

 3月下旬の調査でこの数値なのだから、いまは、もっと怖ろしい。国は、人の命を軽く考えすぎているとしか思えません。

 昨日の夕刊にも東電寮生の言葉が載っていました。

 俺たちは「ある意味モルモットだね。」「もう放射線被爆量の制限いっぱいまで働いちゃった」「いつがんになるかわからないから、結婚は相談所に行っても無理だね」って。

 

 そして、なにより苦しくて、情けないのは、自分が原発についていままで何も知らなかったこと、さらに知ろうとしなかったことです。

2011年8月15日(月)

きょうは終戦記念日です。

もう、二度と戦争が起こらないように、と願います。そして、世界中から戦争がなくなりますように。

 

 一昨日、坂東市に出かけてきました。ここは、将門さまの本拠地です。

 先だって、桝善本店に『真・将門記 桔梗一輪捧げ申し候』が、15冊平積みされていたのを営業のEさんから教えていただきました。そのことの御礼を申し上げることと、依頼されていた手作りのチラシをお持ちしたのでした。

お昼過ぎに到着して、ご挨拶。平積みの山の冊数が10冊になっていました。

「どなたか購入してくださったのですか」とたずねてみました。市役所の方が…。ということでした。ありがとうございます。

 そのあと、向かい合わせにある「将門煎餅本舗」にも、ご挨拶。そのあと、将門蕎麦屋さんでおそばをいただきました。

 みなさん「将門(まさかど)」と呼び捨てにすることはなく、「将門公(まさかどこう)」と敬っていられることがわかりました。

 坂東市というのは、平成17年3月22日に岩井市と猿島町とが合併して生まれたところ。日本中で次々と合併した流れについては、わたしにはよくわかりませんが、昔からの地名が失われることのないように願うばかりです。

 毎年11月の第二日曜日には、将門まつりが開かれます。今年は11月13日です。

 

 そのあと、桜川市(以前は、真壁郡)の大和村(いまは、大和町?)にある大国玉神社に御礼&ご報告。ここは、桔梗さんの実家でもあります。以前、うかがったときは、電信柱に止まった鴉がお見送りしてくれました。鳴き声がしたので、上を見ると、鴉のまわりはゴールドに見えました。神さまのお使いの鴉なのだと思いました。そのあと、御門の墓といわれてきたお墓に御礼&ご報告。

ここは実際は、桔梗さんのご両親の平真樹(たいらまたて)さんと平並路(なみじ)さんが眠るところです。

 以前、お参りしたときと、空気が違っていました。このあたりの環境がどうかされたのでしょうか。ちょっと気になりました。

 

2011年8月12日(金)

 8月9日(火)の「高知新聞」に、『真・将門記』と『日日草』を紹介していただきました。

 高知新聞社より、掲載紙を昨日お送りいただく。ご紹介いただき、心より御礼申し上げます。記事を書いてくださった片岡雅文さんは、『日日草』の新聞連載時の学芸部編集長。新宿マイシティのなかにあったプチモンドで、お目にかかり、連載の打ち合わせをさせていただいた日のことを覚えています。その片岡さんに記事をお書きいただき、ほんとうに幸せです。

 

 

 今日、兄から電話。兄の父、八重喜さんのことが話題になる。戦争が終わる約三カ月前の昭和20年5月、八重喜さんは、中国の大連で、至近距離から胸を撃たれて死んでしまった。『日日草』には、どこを撃たれたとは書いてなかったから、あらためて教えてくれたのだと思います。

2011年8月8日(月)

筑波神社
筑波神社

 きょうは、夏らしい一日かと思っていたのにやっぱり曇ってきました。

一昨日、昨日と夕方になると雷を伴って雨が降り出したので、きょうも外出時には傘が必要かもしれません。

 

 以下、『真・将門記』について、書いてみます。

刊行してからのちの、御礼&ご報告のメモです。

1、6月27日(月)大手町の首塚、神田明神に刊行の御礼&ご報告。

2、7月2日(土)長い長い道のりのこの間、励ましてくださった北鎌倉のIさんご夫妻に御礼&ご報告。

3.7月4日(月)池袋のタカセにて、何度もお読みいただき、最後まで的確なアドバイスをいただいたS社のSさんに御礼&ご報告。

4、7月9日(土)この本を書き続けるにあたって、多い月では、ひとつきに3度くらい千葉、茨城、栃木の将門さまの根拠地及び縁の地へと車で連れて行ってくださったMさん(ほんとうにありがとうございました!)と、筑波山と筑波神社に御礼&ご報告。ケーブルカーで、山頂の奥の院にも詣でる。

5,7月10日(日)近所のガストにて、4年ほど前に初期の原稿をお読みいただいていたFさんに御礼&ご報告。ジャガイモ、トマト、シシトウなど、丹精こめて育てた、収穫物をいただく。

6、8月4日(木)Sさんを通してお読みいただいていた神田明神の禰宜さんにご挨拶。お読みいただいただけでもうれしかったのに、急遽、ご奉納をしてくださることになる。「ご奉納のあとは、神社にて資料として保管させていただきます」と言っていただく。深く感謝する。

○8月13日(土)茨城県、大和村の大国玉神社に御礼&ご報告予定。

 

 以上、メモ書きとして記します。

 まだ、忘れていることがあるかもしれません。思い出したら、書きます。

 

2011年8月1日(月)

きょうは8月とは思えないような一日です。

まるで梅雨どきのようです。

『真・将門記』につづいて、新刊のお知らせをさせていただきます。

7月30日付で『日日草』北冬舎から出していただきました。

ご注文はこちらから。

高知新聞社で連載させていただいたエッセイをまとめたものです。

 

装画 織田信生

装丁 大原信泉

 

定価 2000円+税

ご注文は電話&FAXでもお受けしています。

北冬舎 03-3292-0350

また、全国の書店からご注文いただくことができます。

どうぞ、よろしくお願いいたします。 

 

2011年7月31日(日)

東京大アイソトープ総合センター長の児玉龍彦医学博士の

衆議院厚生労働委員会での発言(2011.7.27)

今日You Tubeで知りました。

とても重要な発言です。

 

平成23年6月23日(木)

きょうも暑い。

それでも、まだ今年はクーラーを使っていません。

食事をしたあとなど、汗が噴き出してきて、我慢比べみたいな、雰囲気です。

去年の夏は暑かったけれど、はじめてクーラーを使ったのは、いつだろう。

一度使ったら、もとには戻れないから、きょうも使わないと思います。

一台のクーラーが壊れてかけていて、去年はだましだましそれを使っていたけれど、今年は、無理だと思います。

わが家の場合、合計3台のクーラーがないと、夏は越せない。

現在、東京電力の使用率は、78%だそうです。

 

平成23年6月22日(水)

きょうは、いったい何度まであがったのだろう。

暑かった。

ふじみ野の道を歩いていると、ちょうど三時のアナウンスがあって、木蔭では、農作業をしている人たちが三時の休憩をしているのが見えました。

先日は、トルコキキョウの一重だったけれど、きょうは八重。

それから、モンステラが、涼しそうに見えました。

お稽古のあとで、先生がわたしにととっておいてくださった和菓子をいただく。

ほんのりと塩が入ったおまんじゅう。おいしかった。

 

平成23年6月16日(木)

北鎌倉・明月院
北鎌倉・明月院

 きのうは北冬舎の柳下さんからエッセイ集『日日草』の装丁を見せていただきました。まもなく、ここでも紹介いたします。

 

 『日日草』は、一日一日を切り取った形のエッセイ集。このホームページの「いちにち」と同じく、一日一日を大切に生きる気持ちとつながっているということに気づく。

 

 * * *

「北鎌倉行き」という、エッセイを書き上げました。

そこでも紹介しましたが、北鎌倉といえば、詩人石原吉郎の歌集がすぐに思い出されます。

 

 北鎌倉橋ある川に橋ありて橋あれば橋 橋なくば川

 

 今生の水面を垂りて相逢はず藤は他界を逆向きて立つ

 

 夕暮れの暮れの絶へ間をひとしきり 夕べは朝を耐へかねてみよ

 

他にもたくさんいい歌があります。

 

平成23年6月12日(日)

地震のたびに、ばさばさ落ちてくる本はやはり危ない。

本棚のなかで積み上がっている本たちを、今日こそはなんとかしなくては。

背中あわせに置いてある本棚の一方が一方の本棚をおんぶしている格好になっていることに最近気づき、本日、直しました。どうして、そうなったのだろう。ものすごい力で、一方の本棚のどこかに食い込んでしまったようです。

落ちた本も、カバーが外れたり、帯が破れたり。

無惨な感じの本が多くなって、どっと疲れます。

また、こうして書いているうちにも、揺れ始めました。

 

平成23年6月11日(土)

来週の初めには『真・将門記』が下版される予定です。

考えてみると、構想から約4年の末の刊行です。

どうしても出さなければならなかったものです。

たくさんの方のお力をいただいて、やっと形になることを思えば、わたしが書いた本だとは、ひとくちに言えないところがあります。

 

発行 2011年7月10日

236ページ

四六判 128ミリ×188ミリ

上製本

定価1700円+税

ミッドナイト・プレス刊

平成23年6月8日(水)夜

随筆集『日日草』(北冬舎)の刊行も間近となりました。

本日、北冬舎の柳下和久さんからお電話をいただきました。7月には刊行の運びとなります。一人でも多くの方にお読みいただければ幸いです。

 

 『真・将門記 桔梗一輪捧げ申し候』と『日日草』は、文体がちがうので、まるで別人が書いたような印象を持たれるかもしれませんが、どちらもわたし。

平成23年6月8日(水)朝

ここしばらく取材原稿にあけくれていたように思います。

わたしの場合は、一年のうち、春と秋に集中して仕事をしていることになります。

この間は、ほかのことがたいていストップしているので、3.11の地震でひどいことになっている書棚などの整理をしたいと思います。よく見ると、書棚の足の部分のキックで壁に穴が空いているところもあります。

大事にしている本も、今度のことがあったあとでは、あまり価値もなくなったような気がする瞬間があります。この気分はいいのか、悪いのか。一度、手放してしまった本をあとでまた、買ったりすることもよくあるので、考慮したいところです。

平成23年6月7日(火)

きょう、『真・将門記』の念校を戻しました。

これで、今月じゅうには書店に並ぶことになると思います。

多くの人に読んでいただければうれしいです。

 

平成23年6月2日(木)

きょうは、お茶の友人たちと鎌倉に行きました。

北鎌倉に降りたとき、Iさんご夫妻のことを思いましたが、もうすぐ会えることをたのしみに、頭を切りかえてみんなとまずは円覚寺へ。

このグループは、雨の日は、きゅうきょ予定が変更することもあるので、きょうもどうなることか待ち合わせ場所に行くまではわかりませんでした。

でも、さすが鎌倉。すんなりと決行。

池袋から湘南新宿ラインで、一時間弱で到着しました。

途中で、仕事の留守電が何本かあり、追いかけられているような気がしましたが、なんとかクリア。お食事は、「笹の葉」で。玄米菜食膳というのでしょうか。とてもおいしくちょうだいしました。

明月院(紫陽花は、一部咲いていましたが、まだまだ早かったです)、建長寺(ここでは入り口まで行って、中には入りませんでした。ふつうは考えられないかもしれませんが、さっさと、背を向けて歩いている人がいるので、え、入らないの?って、誰かがたずねると、わたし、いいって言うのです。わたしは、どちらでもいいので、なりゆきで動いています)。タクシーも通りません。バスも行ったばかりです。それでも、バス停でしばらく待っていると、タクシーが一台やっと現れました。わたしともうひとりは、三人を見送って、さらにバスを待つつもりでいたら、とても親切な運転手さんで5人を乗せてくださいました。それで、鶴岡八幡宮の近くで降ろしてもらって、小町通りを歩くことに。でも、みんな疲れてしまって歩きたくありません。

小町通りの「門」で、ケーキセットをいただいた後、お土産のお菓子を購入、それから駅で鰺寿司を購入。湘南新宿ラインで帰ってきました。この友だちは、わたしを含めてあまり歩かない人たちです。歩いていても、すぐに休みます。明月院のなかでも、雨に降りこまれないベンチをみつけて、当然のように坐って休みました。草を叩く雨の音が大きくなったり、小さくなったりしました。

 

平成23年6月1日(水)

きょうから6月になりました。

 

 4月28日からスタートして書き込んでいた「いちにち」が、消えてしまいました。

きょうからまた、いちからスタートします。